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No.411(2016/9/5)
タイの新憲法をめぐる情勢と労働法制

 8月10日、タイの中央選挙管理委員会は、新憲法をめぐる国民投票の結果を発表した。それによれば、8月7日に行われた投票の結果、新憲法草案は、61.4%の支持を得て承認された。また、首相の選出に上院が関与することの可否についても投票が行われ、58.1%の賛成により承認された。投票率は59.4%であった。新憲法は今後、国王の裁可を得て発効する見込みである。そののち、選挙に向けての関連法の制定と改正が行われ、2017年の後半に想定される下院選挙を経て、同年末までには新政権が発足する方向である。これらのプロセスが順調に進めば、2015年5月の軍事クーデターから2年半ほどで、タイの政治は民政に復帰することとなる。

 今回の憲法改正の背景には、民主主義を後退させても、政治の安定を優先するという軍部の強い意向がある。タイでは、最も民主的といわれた1997年憲法の制定を受けて、2001年以降は、タクシン氏の率いるタイ愛国党などが下院選挙では4回続けて勝利した。しかし、それに反発する勢力との抗争が激しさを増し、2010年4月には20名以上が死亡する衝突が発生した。この間、タイの社会では深刻な政治対立が続き、経済活動にも影響が現れていた。

 今回の憲法改正の最大のねらいがタクシン系政権の阻止にあることは明白である。改正案では、下院では単独政党の過半数が難しい選挙制度となり、上院は官選としその6割は軍部の推薦としている。また、首相に非議員が就任することを認め、非常事態を認定する合議体の設置なども規定されている。また、今回の国民投票では、賛否意見を表明する運動は違法とされ、改正案の国民への周知も不十分であった。これには、タクシン系のほか、反タクシン系の野党・民主党のアピシット党首(元首相)も反対を表明した。なお現地のマスコミには、「新憲法を否決すれば軍政が続く。国民は早期の総選挙を選んだ」との論調も見られた。

 さて、新憲法案では、国民の権利についてのパート(第2章)を設け、各種の市民の権利を規定している。労働者の権利の関係では、団結と結社の自由(第54条)、政治活動の自由(第55条)、就業の自由(第56条)、さらには、公正な賃金と職場での適正な安全衛生の権利(第57条)が規定されている。しかしながら、それぞれについて、公共の秩序や善良な道徳を害さない場合との限定があり、公務員の団結権については、法に規定された公共サービスを低下させない限りとされている。労働組合や支援団体は、これらの制限規定の運用次第では活動への抑圧が行われることを懸念しており、また、大規模な大衆行動が非常事態に認定されることも有り得るのではと警戒する。

 今後、新憲法の制定を受けて、各分野の法律や制度の見直しが行われる見込みであるが、労働法制についても再編成が検討されている。政府には政権幹部や専門家による特別委員会が設置されており、新憲法の起草と並行して、労働法の統合に向けての検討が行われてきた。タイの労働法制は、1950年台以降、政変が繰り返されるなかで形成されており、民間の労使関係、公務労働、労働基準、インフォーマル労働者の保護などの法律が分立している。これらがどのような理念のもとで再編され、具体的に規定されるかは、タイのみならず、ASEANの地域にも影響を与えることが想定され、今後の動向が注目される。

発行:公益財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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