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No.388(2016/4/6)
NAFTAは労働者に有益

 通商問題は米国大統領予備選挙の中でも注目されるテーマの一つである。
 ミシガン州の予備選挙では共和党のトランプ候補が北米自由貿易協定(NAFTA)撤廃を提唱して自動車労働者の喝采を浴び、NAFTA反対の民主党サンダーズ候補もクリントン候補に勝利した。
 しかしながら、NAFTAは雇用を喪失させたと言われているが、自動車産業にはいまなお80万人が雇用されており、NAFTAがなければ雇用はもっと減少した可能性がある。カリフォルニア大学のハンセン教授は「メキシコに低賃金の仕事を移管できなかったとしたら、米国自動車の雇用は壊滅しただろう」と主張する。
 確かに、イリノイ州やミシガン州などの鉄鋼や自動車の本拠地がラスト・ベルト(錆ついた地域)と呼ばれるようになった原因の一つには、NAFTAの影響により、5分の1の低賃金のメキシコに雇用が移ったことがある。協定締結後の20年間に自動車の貿易赤字は1,300億ドルに達し、労働者の3分の1の350,000人が職を失った。AFL-CIOのリー事務局次長は「NAFTAは当時説明されたようには機能しなかった」と言う。
 しかし多くの研究結果が示すように、NAFTAによる雇用流出の影響はそれほど大きくはない。メキシコ経済は米国に比べて未だ小規模であり、メキシコの貿易黒字も比較的小さい。
 これに対し、2001年にWTOに加盟した中国による低賃金の影響は甚大であり、多額の海外投資が中国に流れ込み、北米市場からもメキシコを駆逐する勢いを見せた。
 NAFTAは意図した通りに機能していないとも指摘される。メキシコの調査機関は「NAFTAと同時期に起きたグローバリゼーションと技術革新の急激な進展の影響がNAFTAのせいにされ、中国との競合が忘れられている」と指摘する。
 デトロイトの自動車労働者はメキシコ労働者と競合しているばかりでない。労働組合のない米国南部の労働者、またロボット、そしてより効率的な日本、韓国の労働者とも競合している。
 こうした中で、北米の自動車産業は生産を統合しながら基礎的な分野はメキシコ、そして高賃金・高技術の分野は米国が担当する現在の形に変えてきており、予測としてNAFTAは数十万の雇用を救うことになると思われる。そこでは自動車メーカーと部品企業が、海外企業も含めて、低賃金のメキシコ生産を増やすことで全体コストを引き下げ、隣接する両者の連携により、メキシコの組立メーカーからも米国部品を調達しながら共に繁栄する。
 メキシコ生産のホンダCR-Vは米国製エンジンとトランスミッションを使い、部品の70%は米国製とカナダ製。地域的な生産統合は米国を中心とする自動車産業に大きな競争力を与える。
 ハンセン教授は「20年前、自動車産業の生産拠点は中国や台湾、東南アジアのアジア地域に移ると心配されたが、それをNAFTAが救ってくれるかも知れない」と言う。
 世界市場からメキシコを追い出してきた巨大中国が力を失いつつある現在、NAFTAは大きな転換点を迎えている。中国の賃金が高騰を続けることで、北米市場におけるメキシコのシェア拡大が期待され、NAFTAの夢であった豊かなメキシコが実現するかも知れない。 北米の貿易が活発化することは米国にとっても大事である。現在メキシコからの移民は減少を見せており、これからはメキシコへの帰国者の増加も期待できる。
 自動車産業の未来は依然として明るい。米国とメキシコの間を年間150,000回往来するライダー運輸会社では「運送貨物はフォード、GM、クライスラーだけでなく、トヨタ、マツダ、ホンダ、メルセデス、キアに及んでいる」と話す。
 このことは自動車だけでない。過去数年間、ボンバーディエやセスナ、ホーカー・ビーチクラフトといった航空企業もメキシコに工場を建設した。NAFTAによって中国による世界の自動車産業席捲が阻止できたと米国労働者が感謝し、同じことが航空産業で起きる可能性が強い。教授は「NAFTAを撤廃するのは間違いだ。中国を利するだけだ」と強調する。

26番目の労働の権利法成立、ウエストバージニア州における労働組合の盛衰

 今年2月、労働運動発祥の地、ウエストバージニア州において”Right-to-Work(RTW)Law”日本語では「労働の権利法」が民主党州知事の拒否権を覆す3分の2の賛成により成立した。この法律が成立したのはアメリカの州で26番目である。
 この「労働の権利法」というのは、賃上げなど労働協約の適用を受けていても、労働組合加入及び組合費納入を個人の自由とするもので、本法が採択されていない州と比べると、組合組織率は低い傾向が見られる。とりわけアメリカ南部諸州ではほとんどの州が本法を採択されていたが、リーマンショック以降、労働組合の多い北部諸州の製造業をも巻き込んで実施されるようになり、その影響等もあって1983年に23.3%を数えた全米の組織率が現在の12.3%に落ちている。
 その点で特徴的なのはウエストバージニア州だが、ここでは20世紀初頭に発生した、会社による銃撃で数百人の炭鉱労働者が死亡するなどの流血事件を経て、全米鉱山労働組合(UMW)が誕生し、これが1935年の全国労働関係法成立のきっかけになったことが知られている。
 その後UMWは、80万人の組織を誇るようにもなったが、それが今や産業の衰退や機械化により炭鉱労働者は2万人に減少、うち組合員は5千人を数えるに過ぎなくなった。近代産業の誘致も遅れ、ウエストバージニア州の州民所得は全米50州中49位に低迷している。
 こうした状況の中で、UMWも支持したオバマ大統領も地球温暖化対策として反石炭政策の実施を決定したが、そのことで、2012年と2014年の選挙では民主党から共和党支持へ変更する組合員が大幅に増加し、そのことが今回の「労働の権利法」の成立に少なからず影響していることは確かである。アメリカの労組加入率は減少の一途をたどっていることは明らかなことではあるが、労働運動発祥の地における本法の成立が労働組合のさらなる衰退を招きかねず、多いに気になるところである。

チリの労働法改正をめぐりバチェレ政権に試練

 現在、チリの国会では労働法改正法案の審議が行われている。この法案が可決されれば、1990年まで軍事政権を行っていたアウグスト・ピノチェト政権以来、初めての大きな労働法の改正となる。
 ピノチェット軍事独裁政権が崩壊した後、キリスト教民主党や社会党を中核とするコンセルタシオン・デモクラシア連合政権となり、さまざまな民主化の努力を続け、法整備などを行ったが、与野党勢力が拮抗する状況の中、貧困層と富裕層・中間層との対立も残され、抜本的な改革には踏み切れなかった。
 その後、2006年に就任したミシェル・バチェレ大統領(社会党)は貧困層対策で成果を上げ、2014年の再選後は税制改正を進め、いま憲法改正や教育改革、そして労働法の改正に取り組んでいる。特に労働関係法の改定については現在、1)団体協約による成果配分については労働組合の判断に委ねること、2)ストライキ中の労働者の代替えを制限すること、3)貧困層と富裕層との所得格差縮小を図るため、労働組合の発言権を強化することを主眼とする法案を提案している。
 法案は昨年10月以来、その審議が難航してきたが、ようやく団体協約による成果配分とストライキ中の労働者の代替えの制限が上院で承認された。けれども労組発言力の強化は否決され、上院に続く下院の審議でも難航が予測される。
 ミシェル・バチェレ大統領は、この法案によって、社会的不平等を撤廃していく大きな一歩となり得るであろうと語った。さらに、合法的で社会的な結束が、チリにおいての民主主義社会を発展させていくであろうと国民に演説した。

 チリの主要産業であり輸出の半額を占める銅の価格が低迷を続ける中、経済成長率も著しく鈍化している現状に、大統領の進める改革に経済界の反対は強い。大統領への支持率が低下する中で、与党連合内におけるバチェレ大統領への信頼が崩れる恐れもある。

発行:公益財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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