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No.178(2013/6/18)
シカゴにおける10年間のホテル・ストライキ ようやく終結

 米国・イリノイ州シカゴ市のミシガン・アベニューにあるコングレス・プラザ・ホテルで10年間続いたストライキは、労働組合側の無条件受諾により6月5日に終結した。
 このホテルは、1893年のシカゴ万国博覧会にあわせて建設され、歴代の大統領や著名人が多く利用していた歴史あるホテルである。
 ストライキは2003年、ホテル側の[1]賃上げ凍結[2]福利厚生削減[3]各組合員の業務を下請けに出す権利の留保――などを通告したことから始まった。ホテル・レストラン従業員労働組合(HERE)*に加盟している130人の組合員は、連日ピケを張り抗議行動を続け、シカゴ市民にはなじみの光景になるほどであったが、ホテル側は代替労働者により操業を継続してきた。
 現在、ホテルのルーム・アテンダントの時給は、ストライキ開始時の時給8.83ドル(約830円)に据え置かれたままであり、シカゴ市内の他のホテルの平均時給16.40ドル(約1543円)の半額しか支払われていない。イリノイ州の最低賃金は、連邦政府最低賃金の時給7.25ドル(約682円)より高い8.25ドル(約776円)だが、その最低賃金をわずかに上回るだけである。さらに今年2月のオバマ大統領の一般教書演説で、連邦最低賃金を現在の時給7.25ドルから2015年末までに9ドルへ引き上げると発表した。これが実現すれば最低賃金を下回る可能性も出てきている。
 ピケに参加していた組合員たちは週200ドル(約1万8818円)のストライキ手当てを受け取りながら、生活のために他の職場で仕事を続けている。組合員の復職については130人中60人程度が可能といわれるが、復職希望者がどれほどいるかは不明である。
 このストライキは米国史上最も長期のケースのひとつだが、最長のストライキは1991~2005年までの14年間に及んだ全米トラック運転手組合(チームスターズ)によるカリフォルニア州のダイアモンド胡桃栽培工場の例があった。

1ドル=94.09円(2013年6月13日現在)

*HEREは2004年に全米縫製繊維労働組合(UNITE)と合併して縫製・繊維労組・ホテル・レストラン従業員組合(UNITE-HERE)として活動を続けている。

軍事政権下のアルゼンチン・フォード元経営陣、労働組合幹部の殺害容疑で起訴

 1976年のクーデターから1983年まで続いた軍事政権下で、労働組合員、政治活動家、学生、ジャーナリストなどが逮捕、監禁、拷問された「汚い戦争(Guerra Sucia)」と呼ばれる人権抑圧事件は、約4万人が死亡あるいは行方不明となった。この時期に警察による労働組合幹部への拷問・殺人に関連した罪として、現在80歳代になる3人のアルゼンチン・フォード元経営者、部長が起訴され、自宅監禁された。保釈金はそれぞれ14万2000ドル(約1336万円)である。
 起訴されたのはミュラー元取締役、ギャララガ元人事部長、シビヤ元保安部長で、彼らは労働組合による抗議や要求をつぶすため、ブエノス・アイレス郊外の従業員5000人からなるフォード工場の労働組合幹部20数人を「破壊活動分子」として、彼らの写真や住所などを保安警察に渡し、拷問や軍事監獄送りにさせた。
 当時、軍事政権により任命されたブエノス・アイレス署のキャンプス警察署長は、秘密収容所を数箇所設置して、1万3000人の「破壊活動分子」を誘拐し拷問、数千人を死刑にした。後年、キャンプス警察署長は73件の拷問・殺人などの容疑で起訴されたが、1994年に死亡した。
 労働組合幹部たちは、自宅から誘拐・連行され、頭に袋をかぶせられたまま殴打され、電気ショックなどの拷問にさらされた。その当時に生産されていた乗用車フォード・ファルコンは、彼らの輸送に使われたため、国家テロの象徴とみなされた。
 ある幹部2人の妻が夫の安否を尋ねた時、大佐はフォードのレターヘッド用紙に記された幹部リストを示して、「彼らを連行しろと命令したのは、軍隊でなく会社だ」と答えた。当時のアルゼンチン・フォード、クーラード社長は1989年に死亡したが、そうでなければ起訴されていたと起訴状は述べている。
 この事件の調査は民主政権に戻った1983年に開始されたが、関係者は恩赦が認められていた。その後調査が再開されたのは、最高裁判所が2005年に人権抑圧の責任を不問にした2つの恩赦法に違憲判決を出し、恩赦を無効にしてからであり、今ようやく事件の全容が明らかにされつつある。

1ドル=94.09円(2013年6月13日現在)

発行:公益財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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