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No.112(2012/3/5)

・農業へのまなざしの変化と産業の未来

同志社大学 ITEC
 鈴木  不二一
■鈴木不二一 プロフィール
 同志社大学・ITECアシスタントディレクター。
 1946年生まれ。1971年東京都立大学人文学部卒。情報通信産業労働組合連合会(情報労連)に入局。賃金調査部で主に賃金調査と賃金政策を担当。連合総研研究員、同副所長。東京大学社会科学研究所客員助教授を務め、2009年より現職。『社内キャリアと職業生活』『ホワイトカラーのキャリアと労働組合』『現代日本のコーポレート・ガバナンス』著書多数。
農業へのまなざしの変化と産業の未来
 減少し続けてきた日本の農業人口は、いまや290万人を割り込んだ。21世紀に入った10年間だけみても100万人の減少だ。就業人口の7割以上が60歳以上という超高齢化産業である。グローバルな市場競争の圧力はますます高まり、国内でも「農業は過剰保護だ」という批判がかつてないほど強くなっている。
 さまざまな困難を抱え、存在感はますます希薄化しているが、農業に向ける人々のまなざしが変化しつつある。キーワードは、「グリーン、クリエイティブ、ミステリアス」。
 現在放映中の人気TVドラマ「ハングリー」のヒロインの一人は「筋金入りの農業少女」。稲穂農業大学に通う20歳の女子大生で、実家の有機農園で、究極の絶品野菜を作ることに情熱を燃やす設定だ。農業をトレンディなライフスタイルとして取りあげる趣向は、TVドラマだけでなく、演劇、コミック、アニメ――など、21世紀に入り、日本のポップカルチャーでは、さまざまなジャンルで見受けられる現象だ。それはなぜか?
 この"なぜ"を解いていくことは、極めて興味深い文化論的課題である。ここではコラムの主旨に即して、まず日本農業の産業としての新しい可能性に関連させ、この問題を考えてみたい。
 われわれは長い間、「世界最低レベルの食糧自給率」との言葉で危機意識をあおり立てられ、「農業の過剰な保護こそ食料自給率の低下を招いたのだ」とする市場原理主義的反論で、お決まりの二者択一の構図を自明のものと思い込んできた。いずれの陣営にも共通の前提条件となっている「日本農業ダメダメ論」に少しも疑いの目を向けずにいた。識者や評論家の大声に惑わされ、産業の現場で日々苦闘している営農家たちの現場の声とまともに向き合ってきたとは到底言えない。 
 しかし近年では、先進的な農業経営者や産業事情に通じた専門家たちから、「目からウロコ」の日本農業論が多く聞かれることは頼もしい限りだ。まさにわれわれはいま「蒙」を「啓」かれつつある。
 もちろん日本農業が危機的状況にあることは否定できない事実だろう。しかし問題はその内実をていねいにかつ産業人の目線からの観察も視野に入れながら見ていくことなのだ。
 農業の生産力は、農地という自然資源の賦存条件に大きく左右される。日本は国土が狭小、しかも可耕地面積割合が2割程度(ドイツは日本とほぼ同じ国土面積だが、可耕地面積割合は8割)であり、農地規模が物を言う分野での競争は、そもそも無理な話である。
 例えば水田の平均規模は、オーストラリアが日本の10倍、アメリカは30倍もある。これに円高が加わればとても太刀打ちできない。畜産も同様で、「ヨーロッパとはなんとか競争できるがアメリカには対抗できない」と言われている。
 しかし農地規模という自然条件に依存しない園芸作物(果物、野菜、花卉など)の分野では、日本農業も十分な競争力がある。このことは、日常のスーパーでの買い物で、国産品が野菜・果物コーナーに並んでいない日はないことでもわかる。農業ジャーナリストの浅川芳裕氏によれば、「欠品が出れば輸入品に棚を奪われてしまうので、一日も欠品が出ないように、国産品の産地形成が行なわれ、商品力と安定供給で競争してきた結果」とのこと。
 非価格競争力を持つ日本の高品質食材は、アジアの中・高所得層をターゲットに輸出を伸ばしている。畜産品でも「WAGYU」はいまや世界で通用するブランドネームであり、輸出可能な品目となっている。
 実は「日本の農産物が高い関税で守られている」というのは事実誤認である。日本の農産物の平均関税率は約12%だ。アメリカの6%と比較すると高いが、EUの20%と比較すると半分程度にとどまる。南米の農産物の輸出国であるアルゼンチンやブラジル、タイの3分の1程度に過ぎない。日本はコメや乳製品の関税は高いが、対象全品目の1割程度で、残る9割は野菜3%、飼料穀物等0%――であり、極めて低い関税品目との特質を持っている。
 ここで話は最初に戻る。日本のポップカルチャーの中に登場するようになった「グリーン、クリエイティブ、ミステリアス」な日本農業のイメージは、どうやら低い関税のもとで輸入品と対抗し、品質勝負で勝ち抜いてきた野菜や果物、花卉類分野の産業実践が下敷きになっていることである。これらのコンテンツの作家たちが、どの程度意識していたか分からないが、最近のポップカルチャーの新しい農業のイメージは産業の現実と必ずしも無関係ではない。
 ポップカルチャーのふりまく虚妄など、実業の世界とは何の関係もなかろうと言われるかもしれない。しかし、いま若者たちの間に芽生えつつある農業観の変化は、ひょっとしてこの産業のイメージを一新するイノベーティブな産業構想力につながっていく可能性があるかもしれない。魯迅いわく、「絶望の虚妄なること、まさに希望に相同じい」と。下を向いて絶望していても、見えるのは変えようのない土地の狭さだけだが、希望をもって前を見つめている限り元気が出てくる。そして、この元気こそ「経済活性化の重要な源泉のひとつだ」とケインズも論じたではないか。
発行:財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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