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No.20(2010/2/19)
起亜自動車労組で20年連続ストライキ

 韓国の起亜自動車労働組合(韓国全国民主労働組合総連盟・KCTU傘下)は2009年1月11日、部分ストライキに突入し、20年連続という結果になった。これは韓国最大の現代自動車と同等の“成果給支給”を要求したためであり、韓国では「20年連続のストライキは世界でも例がない」と言われている。
 また、起亜自動車労組は1月6日、海外で人気が高い車種の生産台数を増やすために設けられた光州工場の増築工事を阻止した。韓国では手続きを遵守したストライキは、「労働者に保障された合法的権利」として認められているが、ストライキ期間中には賃金を受け取ることができないのが原則である。
 これに対して会社側は[1]行き過ぎたストライキで会社が倒産すれば、労働者も仕事を失う[2]ストライキの問題から工場を海外に移転することもいとわない――との姿勢を打ち出すため、組合側も慎重に行動している。
 しかし、韓国の大企業の経営側は莫大な損害を回避するため、労組の要求を受け入れることが多く、ストライキが終わると組合員の期間中の賃金損出分を生産奨励金という名目で補てんすることもたびたびある。韓国の朝鮮日報は「合理的な労使関係は、雇用主が快く人件費を払う覚悟があってこそ成り立つものである」と伝えている。
 なお、同紙は韓国の状況を踏まえて、1950~60年代にイギリス首相を務めたハロルド・マクミラン氏を引用し、「イギリスには政府が手をつけられない三つの強力な組織がある。近衛旅団とカトリック協会、炭鉱労組である」と語った。
 また、1979年に誕生したサッチャー政権は「英国を運営するのは政府か炭労か」と国民に問いかけ、同労組との対決姿勢を鮮明にした。その炭鉱労組が1984年3月、政府による赤字炭鉱の閉鎖方針に反発し、ストライキに突入した。しかも、ストライキに参加しなかった炭鉱作業員を職場に送ったタクシー運転手がストライキに参加した作業員に殺害されるという事件が起きるなど過激なものであった。
 その後、サッチャー政権はストライキに備えて、事前に莫大な量の石炭をフランスやオーストラリアから極秘に輸入し、石炭発電所の燃料も石油に転換させた。また、ストライキを抑制する機動警察隊も創設している。裁判所は暴力容疑で逮捕された炭鉱労組7000人の組合員に対して、次々と有罪判決を下したことにより、スカーギル委員長は1985年3月3日、「今後も闘争は続ける。しかし、ストライキは終わった」と語り、事実上の敗北宣言をした。
 こうした状況からイギリスの労働組合組織率は1979年に55%から、2005年には29%まで低下し、1970年代後半は平均2400件だったストライキが、1990年代には270件に減少した。その後、サッチャーは11年間、首相を務めた。

発行:財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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